うるさい素人

質を重んじ物事の本質を見抜く! 脱サラして英語発音講師を目指すオヤジのブログ

義父の退院 ― 2年間の介護対応の区切り

施設に入っている義父が、11月7日、ある急性症状を発症して緊急入院していたのですが、本日、無事退院して施設に戻ることができました。

 

命に関わるような病気が突然発症したので、その後、どうなるかと思っていたのですが、集中治療室からは予定よりも早く出れて、その後、一般病棟で順調に回復できました。病院での処置がとても良かったと思いますし、なにより本人の生命力が強いんだと思います。

 

実は、ちょうど2年前に倒れた後、脳にわかりにくい障害が残ってしまい、端から見たらまったくわからないぐらいなのですが、性格が一部変わってしまっています。身内との関係において、非常に厄介な複雑な問題を抱えているのです。

 

病院や施設に関しても、いろいろなことがあり、これまでに、幾多の困難がありました。私たちは疲弊して、とても自分たちでは動けなくなってしまいました。

 

結局、「対応に問題がある施設」と「よく動いてくれる外部のヘルパーさん」という変わった組み合わせで、何とかやりくりしています。

 

介護には「タイムリーに受け入れてくれる所がない」という問題がついて回りますね。この2年間、「不本意ながらこれしかない」という苦し紛れの選択を綱渡りのように続け、今の形になっています。とても「いびつ」な状態で、私たちとしては、「本来ならもっと良い形があるのに」と常々思ってきました。いろいろな活動をしてきましたが、いつも、何かの障害があって、思うようにいかなかったのです。

 

義父との関係は良いとは言えないのですが、それでも、「余生を安らかに過ごして欲しい、そのために、私たちは、やるべきことをやれているのか」という気持ちがどこかにありました。

 

しかし、今日、ヘルパーさんとの様子を目の当たりに見て、「これでいいんだ」と思うようになりました。

 

義父の生活環境に関して、私たちが、いくら「これではいけない」と思っても、義父は、ヘルパーさんのことをとても気に入っているし(私たちに対する態度とは明らかに違う)、対応に問題がある施設でさえも、本人は気に入っていると言っている。私たちから見れば、義父は「物事が正しく見えていない」訳ですが、「本人が幸せならそれでいいのでは?」と思うようになったのです。

 

私も妻も、今日、強くそう思いました。ふっきれた感じです。

 

2年間、振り回されてきたけど、一段落だと思います。今後もいろいろな事が起こってくるはずだから、それはそれで対応する必要がある。でも、私たちの中にある「これでいいんだろうか」とか、「自分たちの時間を自分たちのために使っていては、いけないような気がする」といった不思議な感情は払拭して良いんだと思いました。

 

ある意味、お祝いです。今日の夕食はご馳走にしました。