うるさい素人

質を重んじ物事の本質を見抜く! 脱サラして英語発音講師を目指すオヤジのブログ

プロのさりげない腕前から感じたこと

〔今日は随想的に書きます。〕


今日、少し遠くの歯医者とパン屋へ行ってきた。

 

歯医者へ行ったのは、奥歯の詰め物が取れてしまったため。
先日、歯周病予防のケアをしてもらいに行った歯医者とは別のところ。かつて、そこで働いていた先生が独立した関係で、予防ケアと治療で、別のところへ通っている。

 

県内だけど高速を使って行く距離。せっかくなので、その歯医者へ行った時にしか行けないパン屋に寄って帰ってきた。

 

1つめの用事、歯医者。

 

取れた詰め物の状態は良かったのだが、歯の穴が少し削れてしまっていたので、新たな詰め物を入れることになった。


「光を当てると固まる」白い詰め物を入れる。奥歯でもこのタイプが使えるようになったのかと感心した。先生に聞いたら、「金属の詰め物を作り直さなければならないこともあるし、このままずっと行けることもある」とのこと。

今回は、2回の通院を覚悟していたので、今日1回で済んだのは助かった。

 

この先生、すごく「腕が良い」と思う。

「ナントカ治療」みたいな新しい治療法を推進する訳でも、特殊な機械を入れている訳でもなく、ごく普通のことをやっているにすぎない。これまでの人生で、いろいろ歯医者にかかってきた経験から、「今、何の作業が行われているか」「次に何が行われるか」素人でもわかるぐらい。

 

今日は、助手(歯科衛生士)との連携も良く、何度かに分けて詰め物を入れ、噛み合わせの調整を数回でやって(まったく違和感のない仕上がり)、あっという間にできてしまった。

 

歯科医にとっては簡単な治療なんだろうけど、それでも上手だと思った。

手際が良くて速かったんだけど、決して、無理に「速くやろう速くやろう」というような意識は感じなかった。受けている者にとって、「物事が進行して行く時の安心感」がある。これも経験による腕前から来ているものだと思う。

 

2つ目の用事、パン屋。

 

夕方だったせいか、他の店員はおらず、店主(だと思う)が1人できりもりしていた。いかにも職人気質の人。

もうパンは少なく、残っていた分が、キレイに並べられていた。

 

普段は、家族かバイトと思われる人が店員をやっているので、店主と接したのは初めて。「この人が焼いているのなら大丈夫」と思った。

普段はレジをやらない人のはずだが、袋詰めから会計まで、すべてが上手だった。

 

驚いたのは、ガラス越しに見える厨房がとても綺麗だったこと。今日はもう片付けて掃除をした様子。それにしても異様に綺麗だと感じた。決して、新しい建物ではないので、「新しくてピッカピカ」というものではない。


「掃除の仕方」や「物品の並べ方」などが、何か、僕ら一般人の生活から想像できるものとは別次元のものを感じた。

 

歯医者も、パン屋も、「プロ中のプロ」に違いないと思うが、僕から見て「この人すごい」と思わせたものが何なのか、まだよくわからない。

 

どちらも、「オレッて、プロだろう?」みたいなオーラはまったく出ていない。
どちらも、「特別なこと」は何もやっていない。よく、「新しいナニナニ」みたいな紹介があったりしがちだが、そういうものは一切ない。

 

カッコいい。こういう姿に憧れる。

 

でも、残念ながら、いったい彼らの行動の何が「プロ感」を出しているのか、今日はわからなかった。

 

1つだけ言えるのは、「何らかの信念に基づき、一定のこだわりを持って、長年やり続けた結果」だろうということ。

 

それは、まさに僕が理想としている姿。「僕の考え方は間違っていない」と信じて歩んで行こう。

 

僕は、歩む道こそわかっているつもりだが、「先が遠すぎて、まだ何も見えない」。でも、「足元には道があるのだから、そこを歩いて行けば良いんだ」とも思う。


気をつけなければいけないのは、「方向を間違えない」、「抜け道に惑わされない」、「落とし穴に気をつける」といったこと。

 

僕のようなタイプは「下を見ていないで、前を見なさい」と言われがち。でも、本当にそうなのかな? ひたむきに、良い意味で「下を見て歩く」のもアリななんじゃないかな。そう思った。